「文化遺産」カテゴリーアーカイブ

【Diary】今日の一枚 『西武池袋線の線路にて』091104

冷静に考えると、ちっこい子供がいるのになんでこんな時間までほっつき歩いてるんだと思いますが、この時はなんだか色々焦りとかに飲み込まれてこんな生活をしていました。

昨日は、ちょっと池袋界隈で色々と。
あれだけもの凄い人だったKrispy Kremeもちょいと落ち着いたみたいで5分待ちで入れたり(東武のメトロポリタンプラザの地下)して個人的には満足げ。改めて、あそこのドーナツはおいしいね。
カフェラテを飲んだけど、全然問題無し。
最近は、ミスドも低価格路線の中にもちょっぴりランクアップの商品を取り混ぜてみたりしてドーナツ業界はまだまだ活況な様子。個人的に、市場美味しいのはD.P.N.Y.C.だと思うけどあそこのはなかなかお値段が高くて手が出ない。
ここは、そりゃミスドよりは高いけど「うーん、ギリギリかな?」ってお値段。
何で、それほど混んでないと言うのなら買っちゃうかな?
さて、お写真ですがこれは帰り道の西武池袋線椎名町駅界隈の踏切にて。池袋って、本気で住宅地が街のすぐ近くにあるんだよね。
これは、メトロポリタンプラザから自転車で3分くらいの場所の踏切。ここからは、ほぼ3階建てまでの街がずっと続きます。
つか、直ぐに目白。
自転車で走るまで、街がどのような関係性で連綿と続いているかなんて感じた事無かった。
東京は、本当にカオスだよ。そのカオスが、気持ちいい。

実は、振り返るとこの日のベストショットはこの写真のはずなんです。何度見直しても、いい写真だと自分で思うのです。直感的なものではありますが、恐ろしく昭和で、恐ろしくエモーショナル(僕的に)。なぜ、日記に使わなかったのかいまだに不明。野方配水塔は、また見に行きたい場所の一つです。

【追記】ある意味、やっぱりこの時代おかしかったなぁと思うエピソードの一つ。今の僕の思考ではもはや理解できないのですが、この時期はこういう感じの行動が多かったのでしょう。ただ、この時代に撮影した写真は響くものが多いのも事実。なんというか、狂気と藝術は近いのかなぁと考えさせられるものでして。理屈ではなく、感覚で写真を撮影していた気がします。対象物の探索においても、感覚というか嗅覚。今は、その辺が研ぎ澄まされていないのです。まぁ、週末は必ず子供と一緒にいるので仕方ないんですけどね。こればっかりは。(2019/02/24 Noise)

【都市と文化】asian chaos:新宿歌舞伎町の街歩き 051023

今見ると、ほんと下手だなぁ構図の取り方って写真。何でこういう見切れた写真なのかと(苦笑)

僕は、昔から歌舞伎町という街が好き。
人の生き死にが表裏一体で混在してるあの感じ。
亜細亜の繁華街に共通するあの臭いがするのは、東京だとここが一番濃いのかなぁって感じで。
最早遠い昔となりつつある第二次世界大戦中の東京大空襲にて一面焼け野原となった『角筈【つのはず】』『三光町【さんこうちょう】』界隈を、歌舞伎演舞場等等の演芸施設を集め娯楽の一大センターにする夢を託して名付けられた町名。
しかして、予算の都合で結局歌舞伎は誘致出来はしなかったが『コマ劇場』がその代わりを務め『家族向け』とは言えないけれども数多くの人の思いを飲み込みそして新しい息吹を良い意味でも悪い意味でも送り込む歓楽都市として再生された事は誰の目にも疑いは無い。
最近、蛇頭の台頭などで「外国人が暴れてて怖い」的に扱われている歌舞伎町なのだが実際の所この町をここまでに育て上げたのが実のところ戦後当時から日本で活躍していた台湾華僑であるという事をご存知であろうか?

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【都市と文化】素晴らしい試み:金沢に於ける旧町名復活

祭繋がりで、『長崎くんち』を調べていたら「銀屋町鯱太鼓」のページに行き当たりまして。
現在の古川町の界隈の昭和41年の悪名高き町界町名改正前の地名は、「銀屋町」だったそうでその名前を復活させるべく動いている模様です。
「その手があったか!」
正直、気付きませんでした。
いや、ここのところあの改正と同様の補助金を人質に取った中央集権的圧力による市町村合併が進められてるじゃないですか。
あの所為で、気付いてない人も多いかもしれませんが日本全国でまた地名が消えて行ってるんですよ。
そればかりか、市町村名を「ひらがな」や「カタカナ」に変える市町村まで出てくる始末……。
そんな中、金沢市ではその馬鹿げた時代の流れに逆行する様に金沢市では旧町名復活に向けて動いているようなんです。

photo from https://mainichi.jp/articles/20161115/org/00m/040/011000d

「旧町名は土地の歴史を刻み、住民の暮らしを示し、自然を映した、その土地に固有の、かけがえのない名前です。よく「地名は貴重な歴史遺産であり、文化遺産である」と言われますが、まさにそのとおりです。……例えば、鷹匠町は現在 の石引四丁目の一角で、鷹を操った匠が住んでいたという謂(いわ)れを持っています。そういう町の謂れを知れば、住んでいる人は自分の町に愛着や誇りを持つはずです。そうすれば、ゴミを放っておくことはできない、隣近所とも仲良くしよう、子どもたちも大事 にしなければならない、という気持ちがわいてきます。私は、そこを大事にしたいのです。」ここなんですよね。
今日、川越祭に行って思ったんですが町はその祭りによって何だか連携してるんですよね。かつ、その曳航されている山車は殆ど旧町界の括りで分かれている様子。
そう言うの見てると、「ああやっぱり大事だよな。こういうの。」って思うんです。
神田界隈も、地元の意思で残した地名が結構あって面白い事になってるし。
しかし、国家公務員による行政の変更を地方自治体から申し入れてそれが通過するという事を初めて知りました。
この国って、何でも一律化したがるけど結構そういうボトムアップもありだったんですね。ちょっと見直した。
この調子で、色んな自治体が歴史的に意味のある地名の復活に向けて動いてくれるともっと文化の豊かな国になりそうな予感です。その事に期待。
やっぱね、文化は大事だよね。未来の日本の存在意義の為にも。

【追記】残念ながら、ここで書いていた鷹匠町は復活していないのですが、金沢市内で複数の旧町名が復活しています(旧町名復活区域位置図(現在))。たとえ国が決めてしまったことでも、その土地に根ざした人々が改めて考え、自分たちの意思で再構築することで地方の存在意義が出てくるのではないでしょうか?考え、そして行動することができる地域はその先に向かう未来に向かって歩を進めることができると思うのです。昨今、少子高齢化が進み今まで通りでは様々なことが立ち行かないことが言われています。確かに、昔に比べ利便性が上がったのが戦後。だけど、その全てを維持しようと考えることに無理があるのも現実です。「残すもの」「捨てるもの」「新しく作るもの」。それぞれを丁寧に、その土地に住む人々が考え整理し、新しい形を作ること。これができれば、地方がなくなることはない気がしています。だって、丁度100年前1920年(大正9年)の日本の人口55,96万人だからさ。たった100年で倍に増えたことの方が異常だよw(2019/02/23 Noise)

【Appetite】伊勢うどん、食べたいな。 051008

いつも、三重に行くとわがままを言って『おかげ横町』に行きます。いやね、あの町の雰囲気が好きなんですよね。
それだけではなくて、その先にある伊勢神宮内宮が主要な目的だったりするんですけどねw。
とはいえ、かならずここには寄ってはしゃいでから詣でる事にしてます。で、毎回の様に食べるのが『伊勢うどん』。
僕は、いつも『ふく助』で食べてる気がします。
違う店で食べてみても良いんだけど……。
という事で、『伊勢うどん』ってそもそも何なの?ってことを調べてみる事に。

ふくすけの店内ですが、もちろんレプリカとは思うのですが昔の「伊勢講」の看板がたくさん掲げられていて風情があります。

元はと言えば、これって普通にこの界隈の家庭料理だったみたいです。
お饂飩にかけていたのが、たまたま『溜豆油【たまり】』だったのが今のたまり醤油を使う由来みたいですね。
溜豆油というのは、和歌山の湯浅(醤油発祥の地と言われている地の一つ)で作っていた金山寺味噌の上澄み。
この話は、また別に書く事とします。
その昔、上澄みは捨ててたって言うんだから勿体ないよね。
僕は、たまり醤油が好きなのでなおさら。
まぁ、その湯浅からほど近い(まぁ車も無いからもの凄く近いとかではないけど)当時の大観光地『伊勢』はその醤油の大きな消費地の一つだったようで。
そんな中、伊勢界隈の各家庭で自家製の溜豆油を作る様になりそれを饂飩にかける様になる。
何となく、自然な流れの様に感じます。

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【都市と文化】『二ケ領用水久地円筒分水』

高津に住んでた時期の日記。
この『二ケ領用水久地円筒分水』ってのは、なかなか凄い近代遺産。こういう新しい知恵が、次の世界を作るんでしょうね。
僕たちの世代、どうもパソコンに支配されてるような懸念があるんですが大丈夫かな?
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うちの近所の近代史蹟。
何故か、今マック繋がってます。
多分、個人の無線LANなのかな?

Photo from https://4travel.jp/travelogue/10759858
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【都市と文化】京奈和自動車道←→平城宮跡

世界遺産に登録されている平城宮跡(奈良市)の周辺を通る計画のため、遺物や景観への影響が指摘されていた京奈和自動車道のルートについて、国土交通省は平城宮跡の東側をトンネルで迂回(うかい)する最終案を固めた。当初は平城宮跡の直下をトンネルで通過する案などを検討したが、専門家らが「地下に眠る大量の木簡を破壊する」と反発。このため最大1キロ余り東へずらすルートに変更し、世界遺産に配慮する姿勢を示した。』
昨日のasahi.comの記事の中にこういうのを見つけた。

写真を持っていないので、平城京後の公式サイトからお借りしています。クリックすると、公式サイトに飛びますよ!
photo from heijo-kyo.com

議論が凄く不思議というか、『世界遺産』だからどうとかいう話にいってる事が残念でならない。
そもそも、平城京といえば日本の歴史の中でも屈指の都のはず。
とすると、本来議論は『世界遺産』だからではなく『守らなければならない日本の文化財』として語られるべきだ。
どうも、基準値が間違ってるなぁと思う事が昨今多いですね。
自国の文化を守ろうという心意気を、利害とは違った部分できちんと国に考えて貰いたいと思います。
ちゃんと守れば、世界に発信する事も出来る文化財なんですから。

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