「monologue」カテゴリーアーカイブ

【DIARY】僕が料理をする理由

こんばんは!本当は、選挙もあるし週末に「アベノミクス後、生活者レベルでは、全くもって景気が回復していない(むしろ悪化している)」ことを記事化しようと思っていたのですが、思った以上に指数が多いことと、なんか複雑になってしまうので断念しました。とまれ、選挙以降も知っとくべき知識だと思いますので、自分自身の手できちんとまとめて資料化したいと思います。既に計算している人も多々いるとは思いますが、結構細かい指数を拾っていくと想像以上に手取りが悪化していることがわかります。正直、政府関係者や官僚はこの現実を把握していないのではないかと感じています。わかってないって、罪ですよね。

20190715
今日のカレーを仕込み中。
今回のルーは、シェアウッドのコルマ。
隠し味は、色々w

さて、表題の件。僕は、たまにインスタも上げていますが週末は料理を積極的にやってます。きちんと起きた時は、朝昼晩とです。片付けも、洗い物も含めて。食べることが好きなので、料理が好きというのもあるのですが料理ってとってもクリエイティビティが刺激されるもの。だからこそ、ある意味ストレスの解消の意味合いもあって料理しているというのもあります。「創ること」が、元来好きだというのが大きいかと。なので、毎度同じ料理というわけでもなく常に「なんか新しいことやってみたいなぁ」という感じでバラエタルを増やし続けています。もちろん、定番も多くなってきていますけどね。その定番に関しても、アレンジを続けているので同じものはあまりないというところ。同じなのは、イワシの水煮とか肉じゃがとは本当にシンプルなものかなぁ。豚肉と小松菜の炒め物ですら、毎回スパイスとか調味料違うし。なんだろう、出来るだけ「何か違う事やってみたい(実験的なインスピレーション)」と思ってしまい、たまに失敗していますが最近は感覚知でバランスとってます。しょっぱい時は、どんまい(‘ω’)

この日は、ちょっと疲れてたので軽く小松菜と豚肉を中華風に炒めて。
あとは、旬のホタルイカを酢味噌で。
お魚の旬も大事だよねー。

さて、僕はメディアプランにかかわる人たちは出来るだけみんな料理したほうが良いんじゃないかなぁって思っています。理由は色々あります。

  • 旬を感じ、学ぶことが出来る
  • 自分で食材を買えば、生活者目線の文化が分かる
  • 創作意欲が満たされる
  • 僕は食卓もプレゼンの場だと思うので、企画力が磨かれる
  • その時食べたいと思うものを食べることが出来る
  • 「食=生きる事」なので
  • 厨房に立つ男はモテる by 加持リョウジ
まぁ、最後の「モテる」はあれですが、実際の話子供達には好評です。多分、いつも食べているスミさんの料理とまた毛色が違うので食べる楽しみがあるのではないかと。週中でほとんどコミュニケーションが取れない自分としては、子供と食を通してコミュニケーションできるという意味でとても大事な時間だと思っています。自分が企画した食卓が、受けるか受けないかをリアルに感じられるってのも刺激的かなと毎度感じます。ダメな時、だめな反応来るし。

それはさておき、プランニング目線。僕たちB to Cコミュニケーションを企画するお仕事にかかわる人間は、生活者目線を持つことが最も重要な事象だと思っております。その視点で、「一体店頭で、生活にかかわる食材はいったいいくらで売られているのか?」という事や「今の旬は何なのか?」という事を把握しておくことは基本中の基本だと考えています。自ら包丁を握って料理をするという行為は、料理を考え買い物に出向き店頭で旬を知り、その価格を自ら確かめ、場合によってはいくつかのお店を比較し購入するという行為に繋がります。これを繰りかえすと、結果として景況が反映されやすい生鮮の価格を知り、その推移をみることが出来ます。この情報を掴むってグローサリーメーカーに勤める者としてとても重要な部分で、自分たちが今販売しているものが世の中的に適正な価格なのか、求めてもらうために何をするべきなのかを決める最前線である、最終購買決定の現場の事情に繋がる情報を取得する「場」のリアルなんですよね。コンテンツコミュニケーションにおいても、ブランドコミュニケーションにおいても、僕は必ず生活者目線が重要だと考えているので、この「食」を通して世の中を俯瞰するという行為を大事にしています。いや、実際の話ここから見えてくる世界ってなかなか面白いですよ。あとね、知的好奇心もくすぐられたりね。

実際、消費税ってこの生活のための糧にかかってくるもので可処分所得の低い人ほど直撃する税金。お金が余っているような人にはリアルではないし、自分で買い物をしない人たちには縁遠いもの。この辺をきちんと肌身で感じていたら、政権与党が無理押ししている「消費税増税」はないなーと思いますよ。今あるべき姿が、「財政引き締め(特に土木)」「法人税見直し」「議員報酬見直しと定数削減」「所得税見直し」ではないかと。このままだと、国がヘタる気がします。あとね、こんな状況が続くと僕らが販売しているような嗜好品はいずれ切られるなと。僕は、「食」に触れあいながらそんなことを考えていたりします。

みんな、料理しようぜ!楽しいよ。

【デジタル】LINEスタンプのサブスクが伝えるもの

僕は、なんども記述の中で「創り手に対する敬意」の話を書いてきました。なぜかというと、自分自身が制作上がりで、その制作は目に見えていない多くの人の労苦と汗と創造力の上に成り立っているものだと知っているからです。だからこそ、僕たちは「オーダー」するのではなく「お願い」するのだという気持ちを指すれてはならないと考え行動しています。

さて、表題の件。先日記述したLC19のお話の中で、LINEスタンプがサブスクになる話を書きました。大した扱いにはしてないのですが還元部分が気になる話はメモっていたかと。というのも、別のエントリーで音楽のサブスクがかなり酷い事になっているという記述を書いた後のお話だったから。しかしながら、今度のLINEスタンプの話はそれ以上の衝撃を感じさせてくれました(苦笑)。

190630_sp,ちゃんと寝ろという時間ですがアップしてみました。
深夜アップなんで、真っ暗な画面。相変わらず不健康……。
分配額の変更について 『LINE Creators Studio』でスタンプをつくった場合に限り、クリエイターさまへの売上の分配額が0円になります。 『LINE Creators Studio』をご利用中のみなさまの声をもとに、申請されたスタンプをより早くお使いいただけるようにするため、また安定したサービス提供のため、クリエイターさまご本人のスタンプ無料化(後述)や審査体制の強化、ならびにサーバーの増強といった改善を行うべく、今回の変更を決定いたしました。LINE Creators Magazine

0円???((((;゚Д゚)))))))

何がすごいって、還元放棄しましたよ。いや、一応今までアップしたものは還元するみたいなんですけどね。あと、web版LINE Creators Market経由での投稿は今まで通り還元。多分、利便性からアプリ版の「LINE Creators Studio」経由のものもそれなりに多いのではないかと思うのですが、規約をきちんと把握せずに投稿すると「分配金0」になるなというお話です。まぁ、一応前提としてうちわで使いやすいようにプロセスを簡略化したアプリだからという事なのでしょうけど、職人も使ってるだろうなーと。

もう一つ。結果論ですが、web版LINE Creators Market経由でアップしたとしてもサブスクに掲載されたら圧倒的に分配金が下がるという事実については何も説明されていません。サブスクモデルの基本的な分配の考え方は、「全売上金×(各権利者のコンテンツの総利用回数/すべてのコンテンツの総利用回数)」となるわけで単価100円のスタンプについて一時金で受け取るのかサブスクで通年で受け取るのかという選択ですが、相当な人気クリエイターではない限り一時金の方が圧倒的に収益率が上がるような気がします。どのくらい、みんながプレミアムに登録するかにかかっていますが。本来、この辺の説明を丁寧に行うのが筋だと思うのですがLINE社は特に創り手に敬意を払っていない為なのか、このサブスクモデルの分配金に関する説明をサイトでは一切していません。LINE MusicのFreemiumというモデルで再生される部分についても、原盤使用料払う気ないのではないだろうかと想像してしまいます。

蓋を開けてみないとわかりませんが、良質な作品を供給するクリエイターがサブスクに参加しなければそもそも新しい良質なスタンプがサブスクに反映されないわけで、結果としてはこのプロジェクト自体がフェイドアウトする事は想像に難くありません。本来あるべき姿は創り手とプラットフォーマーが「同じテーブルで会話し未来へ進む」試みがなされて初めて市場が開けると思うのですが、このようなプロセスを経ていないことが根幹的な問題だと感じています。生活に入ることを前提としている企業だし、元々の立ち位置に悪意がないことも分かっているだけにきちんとこの辺を丁寧に対応してもらいたいなーとか。もはや、インフラ化していますしね。LINE。

【追記】折角なので、スタンプを販売した際の収益額の計算などをしてみたいなとおもいました。

LINEアプリ内のスタンプショップでの売り上げ発生の場合
  1スタンプ=50LINEコイン=88円
  88円×0.35=31円
 ※1LINEコイン=1.76円 , (全売上-Apple or Google手数料30%)*50%=0.35
と言うわけで、実際に売りを立てて生計を立てると言うにはなかなかハードな現実があることがわかります。この計算式で思ったのですが、このシステム自体はかなり良心的な割り戻し設定だと思いました。制作者に35%ってなかなかないですもんね。これが、サブスクになるとどうなるかと言うこともすごく適当ですがシミュレートしてみましょう。

LINEスタンプをサブスクモデルで販売した場合
【前提計算式】
1契約=240円(学生は120円)
稼働から考え、ざっくり300万人が契約と仮定。うち、学生が4割。
240*180万+120*120万=5億7,600万円

【CASE1】全ユーザーが一人5種のスタンプを活用し、そのうち2,000名が自分のスタンプを活用したと仮定。
  5億7,600万円*0.7*0.5/1,500万*2,000=26,880円
(月次単価:13.44円)

【CASE2】全ユーザーが一人10種のスタンプを活用し、そのうち2,000名が自分のスタンプを活用したと仮定。
  5億7,600万円*0.7*0.5/3,000万*2,000=13,440円
(月次単価:6.72円)

【CASE3】全ユーザーが一人15種のスタンプを活用し、そのうち2,000名が自分のスタンプを活用したと仮定。
  5億7,600万円*0.7*0.5/4,500万*2,000=8,960円
(月次単価:4.48円)


 ※これまでの販売形式の場合:31×2,000=64,000円
これでも、かなり楽観的な数で弾いています。一瞬、「でも、10種くらいで回してくれたら4ヶ月で元が取れるよね!」と思うかもしれませんが選択肢が多くなれば多くなるほど一点あたりの稼働率は下がると言うもので。これまでも、なかなか収益が上がらなかったものが、さらに厳しくなるのではないかなぁと計算してて思いました。ちなみに、お気づきかと思いますが、どのパターンになったとしてもLINE側の収益は月次2億160万でこの計算では固定となるわけで安定収益をもたらしてくれる金のなる木となるわけです。サブスクって、実はシステム側にとってステークホルダーに対するアピール案件になりうると言う意味でユーザーサイドというよりプラットフォーマー側にとって採用するに値するモデルなんです。一番割りを食うのは、創り手というね。

【デジタル関連】デジタルのお仕事について考えておきたいこと

このところ、デジタルマーケターという言葉がもてはやされて、この業界自体がかっこいい的な扱いになってきているような気がします。反面、デジタルシフトという言葉が先走っているが故に、上から言われたけど何をやればいいのかわからず途方に暮れている人も多くいるというのが印象。一応お断りしておくと、僕はデジタルマーケターではなくデジタルを中心軸としたメディアプランナーですので、同列では語れない部分がありますが、彼らのやっている仕事とかぶる部分も多いため、僕が考えるデジタルのお仕事との向き合い方について記述しておこうと思います。この中では、かなりキツイ言い方も出てくると思いますが、あくまで個人的見解であり全てにおいてそうであるとは言い切れないことは一応書いておきますが、それほど的外れではないと思って記述していった文章ではあります。

『デジタルは好きですか?学ぶ覚悟はありますか?』

いきなり重い話で始まっていますが、ここって実は一番大事なことなので最初に書きました。デジタルについては、わかっているつもりでも日々進化をしていくため、そのスピードについていくためには 日々吸収していく必要がありますし、クライアント側の立場にいるのであれば質問に答えていく責任があります。ただ、あまりに専門的なことが多いカテゴリーですので「わからないことを、わからないという」事も大事な責任だったりします。これは、代理店の営業担当者にも言える事なのですが、「わかったふりをしてしまう」事により致命的な誤謬が発生する事もあるため勇気を持って「教えてください」という事も大事。そこも含めての学ぶ覚悟です。プライド優先で、わからないと言えない人は僕的にはこの業務に就くべきではないと思います。あと、興味がないとそもそも学ぶ姿勢を取ることなどないので、人事に言われても辞退すべきです。自分を含め、関わる人全てが不幸になりますので。ただ、言われた時に興味がないことでも「新しいことにワクワク」し前向きに臨める人であれば問題ないかなと思います。

『ストレス耐性はありますか?我慢強いですか?』

ここ、どの業務にも共通して言えることなのかも知れませんが、デジタル業務はルーチンであることの方が少なく日々起こる事件に丁寧に対処しながらケーススタディを記録に残し、次なる業務をさらに改善の先に載せることになります。翻っていうと、安心して日々9時〜17時まで業務をこなし、夕方からは趣味の世界を謳歌するみたいな事はなかなか出来ないかなぁと。だけど、これ前段で書いたことではあるのですが「デジタルが好き」であればこの状況を逆手にとって「日々を学び」と捉えることができるためその状況を悲観しないのではないかと思います。合わせて、デジタルは決めてから発注するまでは早いのですが、 それまでに様々な考証を重ね「最終的なゴール」と「結果を可視化する」プロセスを見据えてプランニングする必要があるため実は前置きの部分にかなりの労力がかかります。ここをきちんと抑えることができる人間が、正しくデジタルを扱える存在であり、このプロセスを端折る人間はプランニングに関わるべきではありませんし、あなたが上司であれば関わらせるべきではないと考えます。

『自らの手でトラブルを解決するだけの意識がありますか?』

これも、考えようによっては「覚悟」だと思うのですが他の業務に比べ企業やユーザーに対する影響範囲がかかる費用の割に絶大で、一度出てしまったものが取り返せない割に意外に簡単に世に出せてしまうというものすごく難しいバランスがあります。特に、ウェブサイトについては自社の管轄下にあるためトラブルが発生した場合には自社でしか対応できないケースがしばしば。この際、デジタル担当の仕事は「決断」することに最も重きをおくことになります。この「決断」は外部パートナーである代理店やプロダクションには出来ないからですね。この決断を下すに当たってという視点では、本来担当は最低限プロダクションの言っていることの意味をきちんと理解しているべきで、それが出来ないのであれば更に学ぶ必要があるのです。とは言え、この知識が最初から身についているわけではないと思うので、最低限半年は専門知識のある人間を内部や外部パートナーにアサインしてもらい、判断時は必ず相談するというプロセスを経て学ぶ環境(OJTですね)を周囲に整えてもらうという事はお願いした方がいいでしょう。ただ、学校ではなく企業ですのでデジタルの基礎知識は自ら率先して学ぶということが当たり前の姿です。企業担当や代理店の営業として具体的な指示をせずに、外部パートナーに丸投げする人間は誰も幸せにしないと思います。というか、相手から信頼されないですよね。

『責任を取る覚悟がありますか?』

まぁ、正直企業で働いていて失敗したとしても殺される事はありませんw。だけど、誰かが責任を取る必要があるのは事実です。この責任を取る覚悟というのは「誰かのせいにしない」というシンプルな意識。トラブルが起きると、その対処のために多くの人が作業に関わることになり、企業の担当者や代理店の営業担当は「落とし所」のジャッジをすることになります。このジャッジがいつまでたっても行わなければ、直接パートナーのみならずその先にいるプロダクションなどのメンバーをずっと待機させることになります。それが故、企業内担当は「今回、このタイミングはここまではきちんと進めておきましょう。それが終わったタイミングで解散とします。」という判断をする責任があります。そうですね、責任をとるというか責任を持つということですね。代理店の営業担当で言うならば、クライアントの言質をとってその日のリカバリーのゴール地点と今後のスケジュールをジャッジすると言うことではないかと考えます。これが出来る代理店担当は信頼に値すると思います。もちろん、この際クライアントサイドに自分の言葉で「今日できること」「その作業でリカバリーできる範囲」「明日以降のスケジュール」について説明できる事が必須条件です。

『あなたはコミュニケーションを愛していますか?』

これは根幹かもなのですが、これがないとダメだなーって。作業としてデジタルコミュニケーションと向き合い、気にしているのは効率と数字のみの人間はコミュニケーションに関わって欲しくないし、関わるべきではないと思います。本質が見えないし。「なんとなくカッコ良い響きだから」という理由だけで、デジタルのみならずコミュニケーションに関わって欲しくないんですよ。僕は、コミュニケーションを愛しているので。考えてみたら、これが全てだし「これがあれば全部できんじゃね?」とか思ってみたりね。

つらつら書き連ねましたが、考えてみたらこれってデジタルに閉じた話ではなく外部パートナーとお仕事をしている全ての人たちに言える事ですね。僕は、外部パートナーは円卓に座るべき人たちだと思って仕事をしています。僕が嫌いな言葉は、「業者」と言う言葉。相手にそう言うことを言う人にも「は?」とか思いますし、自ら謙ってそう言う言葉を使う人にも疑義を感じます。そうじゃないでしょ。。。。。と言うことで、連休も終わりこれから最盛期に突入でいろいろ大変なのですが自分の中の気持ちを整理するためにも記述を残しました。

みんな、楽しくデジタルの仕事しようぜ!

【Diary】考えている事 071107

当時の写真は、今見ても独特の色を帯びていて「綺麗だなぁ」と思うと同時にどこか狂気のようなものを感じたりもします。それは若さかもだけど、単純なものではない何かがあるなと思うのです。
当時の写真は、今見ても独特の色を帯びていて「綺麗だなぁ」と思うと同時にどこか狂気のようなものを感じたりもします。それは若さかもだけど、単純なものではない何かがあるなと思うのです。

何と言うか、『まだ見ぬ何かを探す旅』というのは『終わる事の無い旅』で。
それが、『終わる事がない』と言う事実がその『渇き』を『行動』へと昇華してくれるのです。
その『昇華』の一つの形が、『パーティー』だったり『サイトの構築』であったり『文章』だったりするのですがその形は一つではなく『無限の可能性』を秘めた『』だったりするわけです。
僕を突き動かすその『華』への渇望は、『好奇心』
『知らないもの』を『知りたい』と言う気持ち。
これは、ある種の麻薬的な創造を僕の中に醸成してくれたり。
それは、『夢』と言う言葉でも語れるのかも。
所謂、睡眠下の状態で見る夢でも夢見る形で見る夢でもなく。
覚めてみる夢
なんだろう、それを常に追い続けているのが僕の人生。
そして、それが僕の生き様。

写真そのものが、当時の心象風景なのかもですが兎に角独特の色を帯びている。今の僕には、こんな色を帯びたひまわりは撮れんなあと。
写真そのものが、当時の心象風景なのかもですが兎に角独特の色を帯びている。今の僕には、こんな色を帯びたひまわりは撮れんなあと。

そういう意味で、僕はあまり『トブクスリ』を必要としていないのかもしれない。
常に、『幻想』と言う言葉で語るにはあまりに語りきれないけれどありていに言えばそのような状態にあるから。
『生きている事、そのこと自体がとても稀有な事でその事を大事にするのが生きると言う事』
それを与えてくれたのは、僕を生みそして育ててくれた両親。
そして、家族。
彼らの出会いが無ければ、この感覚を味わう事すら出来なかったと言う事実。
いや、『存在』すらなかったわけで父と母が出会いこの世に生を受けた事に感謝の念を隠す事は出来ない。
そして、ここまでの人生で『僕』と言う人間に関わってくれた人々。
REALとNETにかかわらず、多くの人と出会い別れていったと言う事実。
その事実によって、『今』がある。
その『今』を形成している事象は、須らくその『蝶の羽ばたき』の結果。

多分、独特の「眼」を当時は持っていたような気がします。今は今で、また違う視点なのでいまの視点も好きなのですが年を取った分だけエッジが柔らかくなった気します。
多分、独特の「眼」を当時は持っていたような気がします。今は今で、また違う視点なのでいまの視点も好きなのですが年を取った分だけエッジが柔らかくなった気します。

無意味なものなど、実はこの世の中に一つも無く『相対性』によって全ての『森羅万象』は成立し自らもその大きな流れの重要な事象として存在している事を強く感じる。
よく、『自分はちっぽけな存在』と認識する事でバランスをとる事もあるが最近は『αでありΩである』と言う言葉の方が実は事実なのではないかと思う事も多くなった。
なんだろう、全ての人がそうなのではないかと思うのだ。
そう、なぜなら『無意味』な存在などどこにも無いと思うからだ。
が故に、腹の立つ出来事すらも『何かの意味』があるに違いないと思い自らに必要なものとして受け入れなければならないと考えてみたりする。
そうすると、何故か楽になったりする。
それが、『生きる』と言うことの意味なのかもしれない。
最近、『死』という事について考えることがある。
実はその『死』も相対的な概念で、今の『生』と言う事実があるからあるのかと。

改めて読むと、やはり僕らしい言い回しが多いですね。何かを伝えたいというポイントを鉤括弧で囲む癖は今も同じ。ただ、この夢見るような言葉を使うことが減ったなぁと思うことしきり。なんだろう、もっと自由になった方がいいのかもですね。
改めて読むと、やはり僕らしい言い回しが多いですね。何かを伝えたいというポイントを鉤括弧で囲む癖は今も同じ。ただ、この夢見るような言葉を使うことが減ったなぁと思うことしきり。なんだろう、もっと自由になった方がいいのかもですね。

全ては、連綿と続く『流れ』の一部に過ぎないと考えれば別段焦る事実ではないのかとも。
でも、僕自身は『生きていた痕跡』をどこかに残したいと言う思いがあるので『渇き』に忠実に行動する。
それは、別に『誰かのため』ではなく『自分のため』。
それが結果として、誰かのためになるのならそれは重畳。
ただ、そのために行動する事はしない。
結果のために行動するのではなく、『渇き』のために行動するのだから。
それが、『生きる』と言う事でありその事を『感謝』し『享受』するために僕はまた新しい何かを探して旅に出る。

まぁ、実際こんなですもんね。当時。この時代があって、今があるわけで人って色々経験した方がいいよなーと思うのです。閉じこもってても、何も得られないしね。