【Diary】見た事無い時代のカメラ:『Contessa Nettel Spido』他

内瀬の空
2005年12月 内瀬にて

三重の南伊勢町五カ所の西側内瀬【ないぜ】。この街は、五カ所同様蜜柑の名産地。
まぁ、何しろ辺鄙な場所なんですが風光明媚。
町を見に行きつつ、プラプらと言うのも楽しそうなんですがここに無農薬で蜜柑を作ってらっしゃる農家を伺う機会があり。
そもそも、蜜柑を貰いに行くだけのはずが建物とかに惹かれて写真を撮っていたら。
無くなったおじいさんが、実は安井曾太郎の教え子だと言う事で絵を見せて頂く事に。
そこのご主人は、もう僕の父と同い年で60代半ば。
と言う事は、そこのおじいさんともなると生きていれば90位と言う事か?
安井先生が、若かりし頃の教え子と言う感じなのかな?
確かに、見せて頂くとあの時代独特の力強いタッチの中に奥行きのある良い感じの絵が。
ちっちゃな絵に惹かれるなぁと思ったら、どうもその絵は二科展に出品したモノだとか。
わずか、10号程度の絵なのですが大作ばかりの二科展でこの大きさ。
確かに、力強く「ああ、選ばれるのも分かるな」と言う作品。
こんな辺境の地で(失礼)、このような出会いがあるとは思いませんでした。

Contessa Nettel Spido。これが残っているって、すごい!

しかし、もっと驚いたのはこれ!
ここのご主人は、昔西武新宿線の都立家政に住んでいたようで野方のカメラ店でまぁ見た事も無い様なドイツ製のカメラの一品を続々と出してみせてくれましたよ。
いやいや、出て来る出て来る。
今となっては、オークショナー垂涎のカメラが結構無造作に棚の中にしまわれていると言う状況。「なー、手入れしてー!」と思いつつも嬉しそうにそのカメラ一つ一つの説明をしてくれるご主人。
「あ、愛してるのね。この子達を。」と思うと、何だか温かな気持ちになりました。
特に、合併前のLeicaのカメラなんかはデザインの美しさにホレボレしましたね。
カメラとしても、折りたたみカメラなのにちゃんと煽りがあったりでビックリなんですけどね。機能としても。
こういう出会いがあったりするから、田舎も馬鹿にしたもんではなくこういう文化を殺さない為にも過疎地の今後のインフラや活性化を考えたいと思うんですよね。
あー、幸せな時間だったなぁ。

【追記】完全に忘れていた記憶ですが、そう言えばこんなことがあったなぁと思いだしました。田舎に行くと、なんだか普通に声をかけてきて、仲良くなると家に呼んでくれて、話が弾むと色々見せてくれたり。そして、そこにはとんでもなく凄いものがあったりするというね。多分、過疎地の田舎でひっそりと「凄いもの」が生まれ、そして風化して行っていたりするのではないかと思うのです。特に、昔栄えていたところはね。コロナでどんどん距離が離れていくけど、またその先の未来で何か自分が地方に貢献できたらなぁと思うことしきりなのです。(2021.01.25 Noise)

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