【Society】今日は、長崎に原爆が落ちてから64年目の原爆の日です

毎年、この時期になると本当に色んな事を考えます。
一番考えるのは、自分が生まれなかった世界について。
生まれなかったら、どうなってたんだろう?
多分、大して変わらないんだと思う。
だけど、扉は多分無いしアンダーグラウンドなパーティーが連携を取って独自の流れを創ると言うムーブメントはもしかしたら起きなかったかもしれない。
まぁ、これは言い過ぎかな?
でも、一番最初にネットワークを使って各地のオーガナイザーを集めて国内のアーティストで構成された中規模のパーティーをやると言うスタイルを確立したと言う自負はあります。
今は、結構色んな人がやってるけどねー♪
他にはなんだろう?
TRANZ【トランス】って酒は、多分世に出なかっただろうなーw。
個人的には、あれはエポックメイキングだったと思ってるんだけどマーケが力を入れてくれなかったんで撃沈。
結構、売れ行きは良かったんだけどね。
他にも、色々あるんだろうけど。
そう、今日は64年前に長崎にアメリカが原爆を落として大量虐殺を行った日です。
もう、64年前なんですね。
でも、これを風化させてはならない。そう思います。
この原爆が、もともとの投下予定地である小倉造兵廠に落ちていたらそのすぐ近くに住んでいた父は間違いなく死んでいたと思います。
そうすると、僕が生まれると言う未来は無かったんです。
もちろん、僕の地元の友人達も同様です。
有名どころで言うと、多分朝本博文さんも生まれてないしワタセセイゾウさんも生まれてません。
松本清張さんも死んじゃってるし、松本零士さんもヤマトや999を書く事は無かった事でしょう。
健さんも居ないので、網走番外地があんなにヒットする事は無かった事でしょう。
他にも、沢山の事が起こらなかった未来がある訳です。
そのかわり、もう一つの未来には長崎から素晴らしい人が他にも沢山現れたかもしれない未来があった事も間違いありません。
原爆は、その未来を一瞬のうちに灰燼に帰してしまいました。
そして、アメリカ政府は嬉々としてこのデータを取る為に次々と軍人や科学者を送り込みました。
しかしながら、その人達も多分被曝し長くは生きられなかったんだと思います。
彼らも、アメリカ政府と原爆を作り出した恐るべき科学者の犠牲者です。
そんな大量破壊兵器が、今で言う所の『核爆弾』です。
戦争は、憎しみを生み出せども幸せを生む事はありません。
しかしながら、欲望をもつ人と言う生き物が居る限り多分戦争はなくならないんだと思います。
でもね、『核爆弾』は最も忌むべき兵器。
これを、許すまじと自らの体験をもっていさめる事が出来るのは日本だけのはず。
ならば、僕らはこの事実を忘れず常に廃絶に向けて動くのが世界に対する義務だと思ってます。
政治とかそういう話ではなく、「数えきれないほどの人たちが、この爆弾の所為でこの国で亡くなった」という事実を持って世界を諭すと言う話です。
アメリカのオバマ大統領が、今年の4月にプラハで記念すべき発言をしました。
ロシアと戦略兵器削減条約の交渉を再開し、「包括的核実験禁止条約」(CTBT)の批准を進めると言う趣旨の発言です。
彼は、核を投下した国としての責任を全うする決意をしたんでしょう。
ブッシュ前大統領とは、えらい違いです(苦笑)。
アメリカが、動き出したのに日本は何もしない。
これは、とても恥ずかしい話です。
今日の黙祷を持って、改めて「核の無い世界」について皆さんにもちょっとだけでも考えてもらえたら。
「もし、自分の産まれ故郷に落ちていたら自分は生まれなかったかもしれない」と言う未来について、ちょっと考えてもらえたら。
そう思った、今日でした。
戦争では、多くの犠牲者が出ました。
この犠牲者の人たちの為に、夏は皆さん少しだけ祈りの時間を持ってください。
多分、誰の所為だとかやったやってないの話しではなく「多くの人が戦争で無くなった」と言うのが大事な事実なんです。
その事を胸に、どうか今日と言う日に黙祷を捧げて頂きたく、よろしくお願いします。

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3件のフィードバック

  1. fuke より:

    そして、チロルが舞い降りた日でもあります。
    平和記念の風船トスに参加したら新聞に小さく載りましたw

  2. yossy より:

    「ひめゆり」って映画を観たら戦争のない世の中に生まれてる自分を本当にラッキーだなと思ったよ。命、大事に!自殺なんかしちゃもったいない。
    西表に70歳ごろの夫婦がいてね、もう息子さん達に土地や仕事を譲ってね、また自分達のもうひとつの夢を叶えようって話を聴いて涙が出そうになったんすよ。
    これから沖縄本島にまた木造の家を建てて沖縄本島の嘉手納から戦闘機が飛び立つのを見ながら、いつか沖縄の戦闘機が消える平和な空を見たいと平和活動をするって夢を聴いてしびれました。
    もう安心して西表で老後を暮らすだけなのに それでもなお これから沖縄本島に引越しして 平和を次世代に残したい その志 お手本にしたいものです。

  3. noise より:

    fukeちん>
    おお、そうなんだ!!
    散り行く命もあれば、産まれ出づる命もあると。
    まさに、生々流転。
    その新聞記事、見たいなー。
    よっしー>
    そう、うちらは本当にラッキーな時代にラッキーな場所に生まれたんだよね。
    その事に、感謝すべき。
    その夫婦は、立派だね。
    そういうゆっくりとした、イキリすぎない動きが本当の意味での時代を動かす力になるんだと思います。
    にほん、どうなるんだろうね?

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