【Appetite】伊勢うどん、食べたいな。 051008

いつも、三重に行くとわがままを言って『おかげ横町』に行きます。いやね、あの町の雰囲気が好きなんですよね。
それだけではなくて、その先にある伊勢神宮内宮が主要な目的だったりするんですけどねw。
とはいえ、かならずここには寄ってはしゃいでから詣でる事にしてます。で、毎回の様に食べるのが『伊勢うどん』。
僕は、いつも『ふく助』で食べてる気がします。
違う店で食べてみても良いんだけど……。
という事で、『伊勢うどん』ってそもそも何なの?ってことを調べてみる事に。

ふくすけの店内ですが、もちろんレプリカとは思うのですが昔の「伊勢講」の看板がたくさん掲げられていて風情があります。

元はと言えば、これって普通にこの界隈の家庭料理だったみたいです。
お饂飩にかけていたのが、たまたま『溜豆油【たまり】』だったのが今のたまり醤油を使う由来みたいですね。
溜豆油というのは、和歌山の湯浅(醤油発祥の地と言われている地の一つ)で作っていた金山寺味噌の上澄み。
この話は、また別に書く事とします。
その昔、上澄みは捨ててたって言うんだから勿体ないよね。
僕は、たまり醤油が好きなのでなおさら。
まぁ、その湯浅からほど近い(まぁ車も無いからもの凄く近いとかではないけど)当時の大観光地『伊勢』はその醤油の大きな消費地の一つだったようで。
そんな中、伊勢界隈の各家庭で自家製の溜豆油を作る様になりそれを饂飩にかける様になる。
何となく、自然な流れの様に感じます。

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【都市と文化】念願の下井草の銭湯に行きました:梅月湯

やっぱり、温泉は今でも老いも若きも自分をいやしに行く場所ナンバーワンだし(当社比)。
そう思ってるのは、僕だけではないはずだ!
ネット上にも、結構銭湯マニアックなコミュニティーあるし「サワサキ ヨシヒロ」さんも温泉好きだしさ。
多分、日本人はみんな風呂が好きに違いない!!
という事で、念願の下井草の銭湯『梅月湯』に行ってきました。
本当は行かねばならないところがあったんだけど、どうも最近体調的にも精神的にも芳しくない。
従って、静養を取りました。

photo from http://www5e.biglobe.ne.jp/~wadyfarm/chidorihafu%20photo%20gallery11.htm とても綺麗な写真でしたので、お借りしました。しかし、この銭湯は本当に風情があって良かったんですよ。昭和の香りというか。廃業、残念でなりません。

やっぱあれですね、番台があるってのは良いよ。
その上、坪庭もあるの。もちろん、外観はゴージャス!
あれ、何かね陣屋みたいなの。
レトロというか、古くさいと言うか。
で、中の天井はちょっとインチキ臭い『折り上げ式格天井』。 こやつが気分を盛り上げてくれます。
やっぱりね、心に閉塞感を感じてる時はこういう場所が良い。
天井高いの、最高!という訳で、本日銭湯を堪能してゆったり気分で夜を過ごしてます。
今まで、ちょっと突っ走り過ぎたと思うのでちょっとお休み。
しかし、週末はあれが……。面倒くさい。
あ、考えるの止めよう。

【追記】ここ、梅月湯は杉並区の銭湯の中でも特別しっかりした作りの銭湯だったと記憶しております。改造後は、なんだかモダンなマンションになっちゃって。元の風情は、跡形も無くなってしまいました。都内の銭湯も、かなり閉じてしまった感じですよね。そういう意味で、今住んでいる永福町界隈は高千穂大明治大学立正短大女子美短大などかなりの数の大学があるおかげで、銭湯が意外に根強く残っているのかもしれません。僕と子供達にとって、銭湯という普段とは切り離された非日常に向かうことは大きな娯楽の一つで、この感覚は昔から自分の中では変わっていないし、山に一緒に遊びにいく時の温泉と、近所の銭湯が子供達の中では同じ「楽しい場所」として認識されていることに喜びを覚えますこの文化、なんとか長く続いてくれるといいですけどね。ちなみに、うちの界隈は墨が入っていても特に注意されない緩やかな土地です。まぁ、下町なんですよ。だから、僕はこの街が好きなんです。良く行く銭湯は、湯の楽大黒湯栄湯。(2019/02/23 Noise)

【Travel Japan】昭和にみた郷愁『川越旅日記』中編

さてさて、先日の日記の続きです。
着きましたは、西武新宿線終点の『本川越駅』。
勝手なイメージで、「凄いレトロな駅だったらどうしよう!門司港とかさ。」なんてワクワクしながら見ると。
「あり?何だか、恐ろしく普通に都会ではないですか……。」
これが、第一印象。
これは勝手な妄想なんですけど、もう駅前からいきなりファンタスティック大正ロマンみたいのを想像してました。
すみません……。そんな感じから始まりつつ、「えらい、女子高生も多いなぁ?」とか思いつつ。
地図をちろっとチェックして、『時の鐘』方面に歩を進めてみました。

街のそこここに、歴史を感じさせる建造物が立ち並んでいます。なので、歩いているだけでワクワク。ここまで街の空気が出来上がっている場所って川越くらいじゃないかなぁって思います。

駅前は、何しろ普通に栄えてます。
僕の住んでる、下井草なんて「ショボーン」な感じだけど。
西武線って、いまいち都会感が無いんですけど僕的にはそう言う居易い下町加減が気に入っていたり。
駅の出口が、PePeですからね。
まぁ、西武だから当たり前かw。
そんな無駄話はさておき、駅前の地図を確認して左に曲がってGO!
今回、そもそも思いつきだけに到着が15時と出遅れた為今回は『喜多院』と『川越城』は断念。
てくてく道なりに歩いていったんですが、ちょっと入ったところから既に風情がある感じなんですね。ここ。
言い方難しいんだけど、「廃れていない昭和の香り」そのもの。
結構、古くさい感じの町って場末感満載じゃない。
でもね、あんまりそう言う香りがしないの。
どうしようもなくださいモノというか古くさいものを売っている古くさいお店があるんだけど、
町の空気のお陰でそのお店も何だか良い感じにおしゃれに感じてくる。
というのも、京都の清水界隈とかみたいにばっちり観光モードという訳ではないのがまた良いのかな。
適度に観光地化されているんだけど、町自体がきちんと人が行き来する場として機能してるというか。

販売されているのものも、今風ではなくどこか懐かしいもの。昭和を知る僕らには、心が温まる風景がそこにはあります。

何となく、そう言うところが居易さを作ってくれてる様に感じました。
結構ね、色々興味深いお店もあるんですよ。
端切れのお店とか、風鈴のお店とか、骨董のお店とか、帽子専門店とか。
生活と観光が混在してるの。それはもう、カオス。
そんな中、歩を進めて行くとまず出会うのが『蓮馨寺』。
こちら、呑龍上人って言う偉い坊さんを祀ってる寺院でそもそもは学僧を多く輩出した“十八檀林(浄土宗の寺の学問所の事:ちなみに、その筆頭が鎌倉の光明寺)”の一つだとか。
その辺から想像しても、昔から栄えてた様に感じます。
むしろ今の方がちょっと落ち着いたのかな?
なんせ、川越城主にはあの歴史で習った『柳沢吉保』とかも居たみたいで……。
話はズレズレですが、まぁこのお寺広く間口が解放されていて憩いの場としても良い感じ。
そもそも、人が集う『場』としてのお寺はこうあるべきだよね。
手水鉢の屋根に彫り込んである唐獅子の細工が非常に繊細で印象的でした。
4体とも、表情豊かで見る価値ありますよ

柱の一角を守る獅子。

で、ここを過ぎてひとしきり歩くとあの有名の蔵造りの街並みに到達する訳です。
ここで、また勘違い。
てっきり、蔵の町だと思ってたんですよ。僕。
これは間違いで、家自体がまるで蔵の様に堅牢に作られてるんですね。
これは、1893年の川越大火を教訓にこの作りに移行していったんだとか。
そう言うの知ると、なかなか感慨深いですね。
その蔵造りの町並みも良いんですが僕的に特筆すべきだと思ったのはファサードに凝った看板建築群。
これ、戦後に流行った形式なんですが未だにこれだけきちんと残ってる町も珍しいですね。
都内では、かなりの勢いで壊されて行ってますから。
中央区界隈も僕が就職した頃にはまだ沢山あったのですが、10年後の今はかなり取り壊されてしまってます。
下の写真の喫茶店なんて、なかなか入れないこの建築に入れるという意味でも希有。
一人ではなかったら、絶対入ってたのに。
次回のお楽しみという事で、後ろ髪を引かれつつ通過いたしました。

う、今日もこんな時間なのでまた続きは後日。
えらい長引いてんな、この日記w。

※2019/02/04追記:何故か後編はありません。飽きたのかw

【Travel Japan】昭和にみた郷愁『川越旅日記』前編

川越の蔵造り店舗の代表格の一つと言える、200年以上の歴史を持つ和菓子舗「亀屋」さん。

昨日は、川越を旅してきました。
まぁ、旅というほど大それたものではないかもしれませんがあてどの無いものは僕の中では多かれ少なかれ旅だという認識で暮らしてます。
その方が、何だか楽しいので。
何しろ、川越への旅は10年来の思いだったりするんですよね。実際。
そんなら早く行けって話ではあるのですが、なにぶん神奈川県民にはあまりに遠かったんです。
上京して以来、「相模原」「橋本」「川崎大師」「溝の口」って言うくらいで全く持って埼玉や千葉に縁のない生活だったもので。

何しろ、初めて川越に興味を持ったのは大学時代。
当時、同じクラスだった「ビスコ」の作品がそのきっかけになったんです

川越といえば、この「時の鐘」。時代が止まっているかのような錯覚を受けるのです。この存在によって。

当然ですが「ビスコ」というのはあだ名で、本名ではありません。
由来は聞いたところなのでまぁ定かではないのですが、常にあのグリコのビスコを食べてたからだとか。
言われてみれば、良く教室でも食べてたもんですわ。
さて、大学時代なんですが僕はグループ展を主催してましてこの時にビスコも一緒にやってたんです。
その話は、僕のマイミクの「溝口水産」氏やその他の方々も知っている通り。
懐かしい話だったりします。
場所は、池袋の「ZO」というギャラリーでオーナーさんは不動産業を営んでいるんだけど本当はカメラマンをやりたいという方でした。
実際、この方の写真は凄く印象的で何だか勿体ないなぁという気も。
後藤さん、元気かなぁ……。
そんなノスタルジアもあったりでの小話ですが、このグループ展ではラーメンズの小林賢太郎とかも一緒にやってたんですよねw。
まぁ、そんな中でこの「ビスコ」の撮った映像作品が川越の「時の鐘」周辺を題材にした紙芝居調の映像だったんです。

川越といえば、もう一つがこの駄菓子屋横丁。タイムスリップしたかのような、昭和初期のような街並みの中、所狭しと駄菓子屋さんが並んでいます。土地柄、サツマイモのお菓子が多いのです。

この作品を見て、「ほえー!何か凄そうなところだ」という事で行ってみたいとは思いつつも距離感が図れず。
遂には、今に至ってしまったという次第なんです。
我が事ながら、これには今更ながら驚きです。
そんな川越に、今回は思いつきという強力な力を得て電車に乗ってプラッと向かってみた訳です。
というのも、現在の居所が西武新宿線沿線というのがでかい!
これが、一番大きな原動力。
というのも、路線図を見ると常に「川越」の二文字が。
そして、事あるごとに目にする川越を宣伝するポスターやパンフレット。
これで、行くなって言う方が無理ですよ。実際。
そんな旅だった訳ですが、電車の中ではひたすら「森音包響」の日記を書き続ける私。
「それも、どうなの?」って位に、電車の旅を全く楽しまず。
でもね、集中出来るんですよ。何故か電車の中ってのは。不思議に。
隣の高校生カップルがなんぼいちゃついても全然気にせず、ひたすらキーボード売ってましたからね。
そうこうするうちに、1時間近くが経ち外はすっかり田園風景。
これが、狭山なのね。お茶の産地。
川越は、もうすぐだ。とか言いながら、前ふりだけでこの長さってどうなの……..。
続きは、また明日。

【Party】Nadar open air party!@君が野ダム(三重県一志郡美杉村)

写真は、前年にあった富山でのパーティーのもの。多分、こんな感じの秋の風景ではないかと思い当て込んで見る。

2005/10/08(SAT):START@18:00
nadar【ナダール】』との出会いは、最近さぼり気味のネットブラウズの中での出来事。
過去、僕はパーティーの情報ページを主催してて全国津々浦々で行われる大きいものから小さいものまで色んなパーティーの情報をそれこそどん欲にネットから収集してはページにアップしていた。
当然、渋谷のレコード屋に行きフライヤーも色々集めながらこの情報もアップ。
あの頃、僕の生活の中心はパーティーに遊びに行く事であってまだオーガナイズは片手間でしかなかった。

今でこそ、本当にそれぞれのデコがド派手に会場に展開されるけど、当時はバティックが一枚なんてのはざらだった。だけど、それが良かったんだよね。

そんな中で、僕は三重のあずり浜というところで地元密着型のパーティーを繰り広げていた集団を見つける。
それが、『nadar』だ。
今でも覚えているんだけど、確か参加フィーの中に魚介類を食べるお金が入ってた気がする。
それが、「え?これなんですか?」って思ったポイント。
従って、その件について当然の様にオーガナイズサイドに問い合わせてました。
終わってたんだけどね、そのときには。
そんなこんなでたまにやり取りをしているうちに、何故かHPが消滅。
心配して、「復活してくれー」とか言いながら結局僕がサイトを作っていたという。
そんな『nadar』が、10月にまたパーティーをやるそうです。
場所は、美杉村の君が野ダム
なかなか、良い感じのところみたいでちと行ってみたいと思いつつもやはり東京からは遠くて……。
三重に行く時は、実家がらみでないと難しいですな。
Nadar open air party!
@〜Kimiganodam〜(三重県一志郡美杉村君が野ダム河川敷公園)
2005.10/8(SAT)-10/9(SUN)
START@18:00
GUEST DJ——
KICK(KMC SOUND)
DJs——
acha
andou
ushimaru
take
tomoya
tomo
凸——
trip−tea
お問い合わせ e-mail nadar_net@hotmail.com
NADAR HP

【Party】旅の終わりに:『森音包響:しんおんほうきょう』part2

彼らの拠点は石川県。
過去、北陸でのパーティーと言えば『神楽』が思い出される。
それも、もう5年の昔になろうか。
今、一体彼らが何をどこでやっているのかは知らない。
でも、かれらの執り行う祭がとても濃く興味深いものであったことは噂に聞き及んでいた。
現在は、『HIKARI』が一番有名なのだろうか?
とはいえ、このパーティー自体もHPの存在すら見た事が無いので凸隊である事以上の事は正直分からない。

前日朝まで渋谷でパーティーやって、その足で富山に向かうという今考えるとむちゃくちゃな行程のため、写真があまりない。

そう言う場所柄なだけに、大きな凸屋が存在しないのも事実。
という事で、僕らにはDJとしての参加と凸屋としての参加が今回望まれる事となった。
が、大変な事に今回もっちは『ゆらぎ』に参加する事が決定していたのである。
これには、正直「あ、やばいかも?」って言うクラクラするようなザワメキ感を覚えた。
しかし、自虐的というかそう言う場面の方が好きな性でもっちと話し合った上で今回は初の分散デコを試みる見る事となる。
今まで、『雪月華』のデコと言えばもっちと言う位にもっちに依存していたのだが実のところ考えていればそもそもの雪月華と言えば作り手的発想を持った制作集団。
結局、自分達が実は自走式戦車になりうる事をこの機会に確認する事が出来た。
そう、別に全てに於いてもっちのプランニングを待たなければならない訳ではあないという事なのだ。
これは、雪月華のメンバーにとっては実に大きな収穫であった。
『場』を如何に作るのか、そう言う事を自分達の頭で考えるという事のなんとスリリングで楽しい事か。
こういう大事な事を放棄してた事を、今更ながら残念に思ってみたり。

オーガナイズは、SOMA。ケンちゃんと、SO-SYUの二人がやってた、富山のパーティー。SO-SYU、元気かなぁ?

そうこうしているうちに、夕暮れを迎え本格的に祭の時間が深まり始める。
が、足らないものが目白押し……。
ここのところ、何だかすべてが用意されている予感に包まれて大事な道具を忘れる事が多かった気がする。
今回の、その骨頂と言うか…….。
「電気が無い」→「電工リールも必要数量無い」。
これは、さすがに痛い。
そんななか、電柱に電源がある事を発見。その後、下の駐車場界隈のトイレに15Aの電源が二口ある事も発見。
この場所から、エントランスまで大体60m強。
手持ちの電工リールは、2つ。
買いに行くしかありませんな、やる為には。
という事で、近隣のDIYまでぶっ飛ばすぶっ飛ばす。
8時閉店だと思っていたが、7時半。
ぎりぎりセーフで、店内へ。入ったとたんに、「蛍の光」。
急ぎ脚で、電工リールとブラックライトの管を探す。その他諸々、買い物をして占めて2万5千円。
「あうー、また大出費です。」
今月もまた、余裕の無い生活決定。ま、しょうがないね。
これは、僕らの凸資材として手元に残るので良しとしましょう。
戻って、バタバタしつつ暗くなってみるとやはり崩れかけの階段がどう考えても危ない事に気付く。
という訳で、フロアを尻目にまずは階段の照明を。これがさ、なかなか難しい。
というのも、上から照らすとまぶしくて見えにくい。かつ、全体を照らすような照明急勾配であるため難しくて出来ない。
で考えたのが、草むらにハロゲンをあててレフにしてエントランス手前の危ない部分については赤色の本来手元照明用のライトとピカピカランプ。
何気に、これだけでも全然行けそうだね。もう少し、きちんとした作りが欲しいけどこの際まぁ良しという事で。あるもので作るので、この辺でも十分でしょ。心に余裕があれば、もっと出来たなぁ。
それは、また次ね

やはり、何処での仕事を受けるにもきちんと道具リストが必要ですね。
それをきちんと作り上げて、きちんとそのギャランティーを頂く。
これが、凸屋としてはスマートなお仕事ですね。
で、フロアに上り最後の点灯へ。キモトとミヤが、寝ないで作ったストッキング凸に灯が入る。
「何何、これー!」
遊びに来てた人達が一気に集まる。
うんうん、これがデコや冥利に尽きる時間帯です。
モッチが考案したデコだけど、今回はもっち無しで造り上げましたからね。
やれば出来るもんですなぁ。
しかしながら、あのストレッチ布の竹のような凸は本当にフレキシブルに使えていいね。
照明として、凸として見事に生きました。
これに続けて、新しいアイデアをどんどん積み重ねないとね。
時は、ドンドン流れて行く訳ですから。
今回は、エントランスも請け負う雪月華だったりもする訳ですが何だかせわしなく時間が過ぎたなぁ。
でも、こういう時間の流れは充実していて好き!
お膳立てされた場に、ゲストとして入り込むのはどうも自分の性に合わないのかもです。
忙しすぎるのも、何だけどねぇw。
何はともあれ、殆ど開けるまでテントに入る事も無くエントランスとフロアの往復。

会場って、終わってみると本当にただの森だったりするわけで。そういうギャップが面白かったり、終わった後で寂しかったり。

ジェネレータートラブルなど、色々あったりもしたのですがそう言う事でめげない人々が集まって作られたパーティーだけに大きな問題も起こる事無く恙無く終了。
それぞれの音を携えてこの地に集まった同胞たちが、また自らの居所に帰還する時間。
なんつてますが、結局一番遠いのは僕らという事で一番に宮島峡を離れる事に。
何だか名残惜しいけど、よねとの遊びの時間と車を帰す時間が…….。
Toru君FeroomaちゃんAcha君、USHIMARU君、SO-SYU君、ケンちゃん、マーちゃん達よりもちょいと早く現地を離れました。
みんな、ありがとね。
結局、あのあとよねの家でマッタリし過ぎて家に着いたら思いっきり日付が変わっていたばかりかミヤに至っては夜明け近くに帰り着くという始末。
何にせよ、計画的に動かないと駄目ですね。僕ら。
しかし、個々人のプレイに色んなカラーがあって面白かったね。今回も。
また、皆とゆっくり遊びたいところ。

ちなみに、これが前日渋谷のON/OFFでやってたセッションの記録。ここでは、szkさんたちと360度プロジェクションを楽しんでいました。しかし、本当にあのころは何も考えない機動力があったなぁと。

【Sound】JBL TR225が、ちょっと調子悪い

手持ちのスピーカーである、JBLのTR225の調子がちょっと悪くなってしまいまして。
具体的には、ツイーターからビビッタ様な音が出るという現象が起こってます。
で、どうするべきかと言うと多分ドライバーを変えるのが一番かなぁって思ってます。
さて、こうは書いてみたもののどうしたもんかと思い調べてみました。

此のブースの左右で雨合羽を被っているスピーカーが、件の「JBL TR225」です。今もたまにオークションに出ているようですね。ちなみに、此の写真は2007年の扉裏庭ブース。

まず、このスピーカーで使われているツイーターのドライバーユニットは「2412H」。
千葉県成田市のあのお店、「SOUND HOUSE」にて在庫はある模様。
ちなみに、このユニットは「TR225/EON10/EONP10/MP215/MP212/MP225」と幅広く使われている為ちゃんと在庫されているように思います。
特に、EON10はメジャーですからねぇ。
良かった、良かった。
次に、この「SOUND HOUSE」の開店時間を調べてみたら平日は19時まで。
むー、ギリやなぁ。
東京から、80分で駅から徒歩20分。
18時に出たら、10分くらいでお店が閉まる計算…….。
土曜日の開店時間は、12時から17時まで。
そもそも、出来るならスピーカー持っていって向こうで聞いてもらった上で買いたいんだよね。
となると、やはり土曜日かぁ。
遊透にお願いするとかして、来週または再来週に行くのがベターかな?
レンタカーでも良いけどね、この際。
ただ、正直出費がきついので。
それとも、いちかばちかで通販で買って自分でやるのか。
心配だなぁ(涙)。

【追記】冷静に考えたら、会社をチャイムと同時に出て成田までスピーカーユニット買いに行くという発想がイカれてるなと思うんですけど、そんなエネルギッシュだった自分が改めて好きです。今はパーティーではなくて、一周回ってデジタルやコミュニケーションに情熱を注いでいますが、根っこは変わってないのかなぁなんてね。(2019/02/16 Noise)

【都市と文化】犬矢来[いぬやらい] 050921

2006年1月、京都の東本願寺界隈での写真。当時は、よく京都に遊びに行っていました。まぁ、DJやっていたというのもあるし、何より子供いなくて気軽な暮らしだったのもありますねw。

犬矢来【いぬやらい】
円弧状の反りのついた割竹や細い桟木を並べた柵のこと。
大概の場合、家の外側には石や砂利で作られた「犬走り」がありその上にかけられたもの。
そもそも、「犬走り」というくらいで「犬走り」の上では犬の粗相が多々あり悩まされることが多かった模様。その対策としてできたのが、「犬矢来」の始まりだったとか。

でも、それ以外にも京都なんかでは祇園は繁華街というのもありたっしょん避けと言う意味合いもあったということを他のブログで読んで納得するとともに笑っちゃいました。
泥棒避けの意味合いもあったみたいです。あら、人避けやん!
花街では、雨宿りをさせないという目的もあった模様。何せ、料亭と言えば密談!「越後屋、お主も悪よのう。」とか話てるの、丸聞こえだったら皆使わないもんねw。
横道にそれましたが、泥はねや雨滴から建物外壁の損傷を防ぐためにも活用できるということで、京都祇園の町屋などの外側に配置され今でも日本的情緒を感じること多々あります。
似たような感じの「駒寄せ(別名:駒繋ぎ、牛繋ぎ)」との大きな違いはこちらの多くが可動式であるということ。
そういう訳で、掃除もしやすい!
「駒寄せ」が何故固定式かというと、その名の通り馬や牛を繋いでおくために発展してきたものだから。
そういう歴史を知ると、また何だか感慨深いものがありますねぇ。

こちらが駒寄せ。此の写真も、東本願寺界隈です。駒寄は、いろんなデザインがあっておもろいです。なんとなく、テリトリーを緩やかに表す道具としても機能していたのではないかなぁと思います。

ちなみに「矢来」とは細い竹や丸太を菱形に組んだもので、別名「刑場垣」。
時代劇で磔【はりつけ】にされてるシーンとかで、竹を組んで人避けしてるシーンとか出てくるでしょ。
あれが、そもそも。
「矢来=ヤライ」はそもそも音から来ていて「遣ひ【やらい】」の音が大本で、「入るを防ぐ」という言葉を意味している。
戦国時代に仮城を組む時とかにも、使われていたみたいです。

【Party】『HEAVENS DOOR』 新しい旅の準備に向けて

ちょっと腑抜け気味。
というのも、やはりそれは今年の『』が終了してしまったからという所が原因か。

カエンタケ系かなぁ?結構、いろんな種類のキノコが生えておりました。秋の山は、そういう意味でも楽しい場所です。

とはいえ、週末にはSOMA presents『森音包響【しんおんほうきょう】』@富山が控えていたりON@OFFで不定期に開催されている『光学姉妹リサイタル#4』でプレイするのか?ってな事態にもなっていたりするんですが。
しかしながら、何というか最近もはや生活の一部と化している『扉=HEAVENS DOOR』の区切りというのは一種の一年の区切りみたいなもので羽化した蝶が新しい生命の源である卵を産みつけた後で静かに消えていく。そういう感じです。今は。
新しい翼を広げ、新たな『扉』を探す旅は実のところもう既に始まっているんですけどね。
祀りは、常に回りつづける車輪みたいなものでこの船の積荷を決めて目的地に届けるのが「祭司=オーガナイザー」の仕事。
ただ、その船は一人で動かすことは到底不可能で多くの船頭や航海士や船員。そして、途中寄港する土地土地の人々や通信士。目的地の足場を整えてくれる人々や、その積荷を心待ちにしている人々によってやっと旅は目的を持ち船は勢い良く海に飛び出すことができるんです。
今は、陸に上がって暫しの休息の時間。
その時間に、色々打合せを重ねつつ次の『扉』探しを始めます。
多分、次の航海が始まるのは10月末頃。
目的地に到達し『』は開くのは、恐らく5月3日(水:祝:憲法記念日)。
場所は、恒例の『野田平分校跡地(長野県下伊那郡豊丘村)』。
より多くの『驚き』と『発見』を船に積み込むべく、航海の準備を粛々と。

というわけで、また大黒谷には行きたいなぁという感じ。ちょっと東京から遠いけど、システムをDAIちゃんに出してもらえば成立するのでは?

【Party】旅の終わりに:夢の跡『西扉』を終えて

皆様、お疲れさまです。
現在時刻は、2005年09月20日08時40分。
茨城県石岡に出張で向かう特急の中です。
色々ありましたが、とりあえず『西扉』終了いたしました。
最終結果をご報告しますと、遊びに来てくれた方の数は105名。
採算ラインには到底届かなかったけど、気付きも多く実りのあるパーティーでした。
でも、空気は本当に良かったし初の場所であれは快挙!
こりは、成功なんでしょうね。うんうん。

昨日は別途『紫祭』という宴があり、午後12時過ぎに帰宅。
なお、この後OBI君がボンゴバンを返却。
ボンゴブレンディーの返却は、今朝方遊透が済ませてくれているはずです。
タダジーが返却してくれているジェネに関しては、今現在連絡待ちという状態です。
theoreme,スタクリ,Re.birth。それぞれのカラーに、通って来た道筋を確認しちゃいました。
タナチュウの車は、返却済みなのかな?
もっちのデコと鈴木さんの映像機材は、現在倉持家。
岩井家のカメラは私の家で、鍋は多分倉持家(現在捜索中)。
ドームテント&タープ&配電盤は、無事GIN君の倉庫へのお届けをブレンディー部隊が完了済み。
acha君のサウンドも、返却終わっている模様。
acha君には、最後の最後まで色々面倒かけてしまい反省。でも、これからも宜しくね♪
今度、見えに行くさぁ。(あっちゃんとまーちゃんにも宜しくね!!)
ケンちゃん&ソウシュウ君のSOMA部隊は、昨日12時頃石川へ帰還。
ケンちゃんとは、今回ゆっくりとパーティー談義に花を咲かせられたので良かった。
ソウシュウ君、相変わらずのブリトニーで笑かしてもらえたし。

Toru君は、何故か『紫祭』でまでDJingをしてくれているという(帰って来たときにプレイしていたのに気づかず……)嬉しいハプニングを残しつつ愛知へ。
本当に、良い人やな。あなた。その好青年ぶりに、皆でノックアウトされてます。毎回!!
しかし、月曜の朝に会った時はビックリしたよw。
BUNLINさんは、日曜プレイが終わってひとしきりマッタリした後で次のパーティーへ。
KVOXも一緒だったのかな??

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I think about counterculture day by day.Yes,it's my life.