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【デジタル】そういえば、Alexaのディープラーニング周りの話

写真は持ってないので、海外のサイトからお借りしています。というのも、こういうことになるだろうなーというのと、あんま自宅で使うイメージがなかったので買わず仕舞いでして。。。。

こんにちは、最近ちゃんと書いていなくてすみません。そして、今日から令和ですね。改めて、よろしくお願いします。ニコニコ超会議で忙しくて記述を怠っていました。書きたいことは色々あったんだけど、通常業務を進行しつつ、ニコ超の準備して身長品対応とかしてたらこういう感じで。毎晩PUBGをやり続けている事も原因ですね。

さて、件の話ですが日本のネット界隈でもちょこっとBloombergの記事をネタにYahoo!で記事書いてる人もいましたが、僕的にはちょっと違う論点で。

Amazon Echo自体、英語圏を想定して作られたシステムで、その英語圏ですら聞き間違いや個別方言の解釈で色々壁があるという話はずっと聞いていました。その中で、この問題を解決しようよ考えると当たり前で行き着くのが「Deep Learning」。件の記事は、「盗聴問題」と煽っていましたが、クセや言語体系などに最適かするためには各家庭、各人の「文法」を学ばせる必要がありその「文法」を学ぶために必要なのが傾聴をベースとした「Deep Learning」。現在、GAFAはこのAI機能のしのぎを削っている部分もあるため恐らく個別のAmazon Echoそれぞれにディレクトリーを付与し個別対応でDeep Laerninigを実施。かつ、これを地域クラスターや改装クラスター、言語クラスターに分け学習を続けさせているものということは想像に難くないです。ただ、この自動学習にもどうしても壁があり、人的関与を持って修正を加える必要があるわけで。この問題は、多分この「人的関与」部分についてフォーカスを当てた記者が投稿した記事を発端に騒いでいるようです。

ちなみに、同じ話が発端にはなりますが、この記事の翌日のThe Drumの記事内では

“We have strict technical and operational safeguards and have a zero tolerance policy for the abuse of our system. Employees do not have direct access to information that can identify the person or account as part of this workflow.”Amazon (in the article of 'The drum')
という形で、反論しています。まぁ、これをどう解釈するかではあるのですが、今の時代の利便性とプライバシーの切り売りのバランスだと考えているためそんなに大騒ぎすることではないというのが僕の見解です。だって、検索したらそのデータがグーグルやヤフーに残るし、携帯持っていればその移動データはキャリアに残り、アプリを使えばそのアクセス時間やプレイデータがベンダーのサーバーに送られ束ねられて顧客データに変換される時代。「分からなかった=想像しようとしなかった」だと思うし、多分そのレベル感であればいちいちこのような情報の反応してあたふたしなくていいと思うのですよね。アマゾン側も、特定の個人データに興味を持って観察し続けることはないのも事実ですし。それが嫌なら、多分文明のない場所に行くしかないというのが今の時代かなぁと。

とまれ、僕はもともとこういう情報取得があると思っていたのでAmazon Echoも持っていませんし、T-Pointカードも持っていません。それ以外の個人情報が出て行くことに抵抗はないけど、必要ない個人情報は提供しなくてもいいんじゃないかと思う人ですので。そういう意味で、いまだにガラケーですw

これまた、記事とは全然関係ないのですが九州の実家に帰ってきています。これは、昨日遊びに行った「北九州市立いのちのたび博物館」に遊びに行ってきたときの写真です。ここ、何気にトリップアドバイザーの「旅好きが選ぶ!日本の美術館・博物館ランキング2018」にて5位だったりするのです。個人的に、展示は科博以上の迫力というか構成美です。

【Technology】WIREDに興味深い記事が:「人類は最先端技術と『融合』する」

僕等音楽業界の人間なら、一度は耳にしたことのあるシンセメーカー『Kurzweil【カーツワイル】』。
このメーカーの生みの親であり、人工知能の専門家、発明家である”Ray Kurzweil【レイ・カーツワイル】”氏の最新版の著書『シンギュラリティーは近い』(The Singularity Is Near)が出たそうだ。
何かっていうと、僕等が子供の時に見た松本零士御大の『銀河鉄道999』で見た機械化帝国が実現に近づくというお話。
これは言い過ぎではあるのですが、「やがては、われわれはこれらのテクノロジーと融合するだろう」と言う氏の言葉を素直に受け取れば人間は機械と融合することによりある種の永遠の命を得ることが出来るということを深読みすることも可能なのではないかと。

記事については、こちらから。
■HOTWIRED:2005年10月3日 2:00am PT
今度、これを買って読んでみることにした。
スピリチュアル・マシーン—コンピュータに魂が宿るとき
作者: レイカーツワイル, Ray Kurzweil, 田中三彦, 田中茂彦
出版社/メーカー: 翔泳社
発売日: 2001/05
メディア: 単行本

さて、この話なんですが昔から言われているA.I.の進化と人類の攻防を次に予感させるものですね。
とは言え、SFの世界ではずーっと命題になっている話でもある。
もはや、人と機械の境目がなくなるのは時間の問題なんでしょうか?
というのも、最近サイボーグの話もありましたもんね。
腕がなくなった人の義手を、神経と繋ぐことによって意志の力で動かす奴。
あれも、凄い話だ!
ということは、確かに脳さえ残っていれば実際のところ何らかの形でこの世に生を刻みつづけることは出来そうな気もする。
それって幸せなのか?
何となく、この世の金持達はそれをやりそうな気もするしそうなると「どんなに金を稼いでもその金は墓場までは持っていけない」と言う理屈を打ち破ることもできる。
でも、マトリックスみたいに機械に繋がれて生きてても何ぼも幸せではないと思うんです。
サイボーグ化すると、多分自由に動き回れそうな気もしますがそれもねぇ。
結局のところ、『ロボコップ』だよね。人生は。
もしくは、『攻殻機動隊』。
そういう世界観もかっこよくて好きだけど、僕は機械無しで生きることが出来ないのなら死んでも良いやって今のところ思ってます(実のところ、現在寝るときには器具装着していると言う状態ですがw)。
さて、A.I.の進化が先なのか?サイボーグの進化が先なのか?
見物ですね。