Music&Party archive

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2009年3月 1日

【Music】ええええー、あれ都市伝説だったの??

何気なくネット見てたら、凄いの見つけた。
今まで、騙されてたよ......orz。

『本日11月20日に発売された雑誌「ぴあ」にて、通称“オーケン事件”と呼ばれているエピソードについて大槻ケンヂ本人が「都市伝説だと思う」と公式に真相を語っている。
これは彼の連載エッセイ「神菜、頭をよくしてあげよう」にて語られたコメント。オーケン事件の概要は「大槻ケンヂが自分のエッセイに自身が作詞した筋少の曲『高円寺心中』の歌詞を載せたところ、JASRACから歌詞の使用料を徴収されてしまい、しかもその金額が印税としてまったく還元されなかった」というもので、その件について彼が自身のコラムやラジオ、ライブのMCなどで話したとされ、インターネット上ではJASRACについて議論される際にたびたび引き合いに出されている。
大槻は過去の著作に自作詞を多数引用しており、さらに自作詞を中心にした詩集を2冊発表しているが、これまでJASRACから使用料を徴収されたことはなく、この事件についてもネットで初めて知ったとのこと。この都市伝説の発生について彼は「たとえば『印税って間で結構持ってかれんだ』みたいなぶっちゃけ話が過去にエッセイやMCであったとして、それが電報ゲームのように曲解・肥大していつの間にかオーケン事件に化けてしまった、ということはもしかしたらあるかもしれない」と分析している。(article from ナタリー)』

この話、ずっと真実だと思ってた。
どっから、捜索が始まったんだろう。
是非、突端を知りたい。
根っこが分かると、面白いんだけどなー。
騙されてました、JASRACさんごめんなさい。
でも、あんた達がちょいと不当で音楽業界全体の利益を考えて行動している団体ではあまりないと言う事実は変わらないと思われます。

【Party】奄美皆既日食音楽祭の交通手段

正直、僕も行きたかったけど金銭面とか諸事情により断念。
地元の人達の思いとかそう言うのぶっちぎって、色んな思惑を持って人達が動いてたからさ。
海外からのツーリストもそう、パーティーピーポーもそう、宗教の人達もそう。
まぁ、一生に何度見られるか分からんものだから狂奔するのもわからんでもない。
でもさー、こうどっちもどっちっつーかね。
チケットを買ったけど、行く手段が手に入らなかった人の気持ちも分からんではない。
かといって、オーガナイズサイドが不親切だったかと言うと結構詳しく交通手段とかサイトに書いてて手落ちはない(「現地までの交通手段はチケット代に含まれていません。交通機関は各自でご手配をお願いします。」と、チケットページにも書いてる。)。
多分、オーガナイズが行うべきだったのは『まずは、交通手段を何とかしてから考えてみよう!』と言う呼びかけだったんだろう。
クラウドが考えるべきは、『こんなに詳しく交通手段を書いてるってことは、自分で探せってことか?』と言う事。
考えてみて欲しい。
バーニングマンで、オーガナイズサイドがご親切にツアー日本から組んどりますか?
日本のパーティーでも、ツアー組んでくれてる事って無いよね。あんまし。
最近、クライド・サイドで『オーガナイズが用意するのが当たり前』って考えてる人らが増えたんかなと。
そう思う。
逆から言うと、そういう風に何でもカンでも用意してあげるオーガナイズサイドが最近多かったのも事実。
そもそも、パーティーって何なのかっツー事なんだろうね。

うーん、今時のパーティー事情って複雑やね。
そう言う意味でも、やっぱりUGにパーティーは進めた方が無難ダッツー事やな。

2009年2月26日

【Party】今年のHEAVENS DOORに関する重要なお知らせ

080504_tobira.jpgこんばんは、NOISEです。
皆様に、重要なお知らせがあります。
本年、扉は10周年を向かえるのですがこんなタイミングで今年の扉はGWに出来ないかもしれません。
あうー。
というのも、会場である野田平CSが村の行事で使えなくなり。
その上、皆さんもお聞き及びの通り昨今の事件の御陰でキャンプ場をイベントに貸さない所も増えて来ている訳で。
僕らは、GWに開催だって言うんだからイヨイヨ貸してくれる所が少ない訳です。
と言う事で、現在開催地未定。
開催時期についても、未定の状態。
要は、白紙の状態です。
本来なら、この時期にはタイムテーブルも概ね決まってと言う時期ではあるのですがこの体たらく。
時代が時代なので、リセットして考えてみる時期なのでしょう。

と言う事で、「それでも開催するにかけてみる!」と言う方は是非日程を明けといて下さい。
まだまだ、諦めず頑張ってみます。
あと、今年は予告通り派手な告知は一切撃たず、予約制で場所はほぼ非公開で行こうと考えてます。
県くらいは、多分公開するけどw。
ご連絡が遅くなってしまい誠に申し訳ありませんが、なにとぞ平にご容赦を!
あー、良い場所あると良いなぁ。
良い情報あったら、お待ちしてますー♪(のんきなアホ)

2009年2月15日

【Rock】改めてHeavy Rotationな"WITHIN TEMPTATION"

within_temptation-the_heart_of_everything.jpgやっぱり、僕はRockが好きだ。
特に、様式美を重視するメタルが好きでシンフォニックであればソレが最上と言う感じで。
ヨーロッパのロックには、エモーショナルでかつ様式美を重視した音が結構あるんだけど日本では受けが悪いというかバイヤーが好きじゃないと言う理由で紹介されない事がしばしばある。
WITHIN TEMPTATIONも、そう言う意味で余り日本では注目されてなかった存在だと言えるかもしれない。
ただ、最近ちょっとゴス系が流行ってくれた御陰でこういうシンフォニックなロックにも日本で注目が集まって来ている。
改めて、HMVやTOWER RECORDを見てみると昔に比べて視聴出来る機会が増えて来ているようでちょっと嬉しい。
僕がGOA TRANCEが好きな理由ってのも、実のところ根っこはRockと同じで何しろエモーショナルで展開が華やかでかつ様式を重んじてる所だったんだよね。
ソレが故に、フルオンはそんなに好きじゃないしダークサイに至っては「は?」と言う感じだったのかも。
まぁ、そんな事を言いながらNaked Cityとかも昔は聴いてたけどアレはアレで衝撃的だったからなぁ。

そんでもって、最近改めてやたらと聴いてるのが"HEART OF EVERYTHING / WITHIN TEMPTATION"。
何度聴いても、良いアルバムなんだよね。
全てに個性が強く出つつ、心にぐさりと刺さるエモーションをたたえ、そして激しくロック。
うーん、また日本に来ないかなぁ。
あ、そう言えばイングウェー【Yngwie Malmsteen】の新譜"Perpetual Flame"はかなり良かった!
Tim 'Ripper' Owens(元Judas Priest)のボーカルが、かなり際立ってて倍楽しめる感じですよ。はい。
それと、セパルトゥラの新譜も出てたよ。

Velouté de cressonを飲みながら、浸る私でした。

2009年2月 9日

【PARTY】HEAVENS DOOR 11th Trailer

コトシモ、ソロソロハジマルヨ。

2009年1月21日

【PARTY : 旅の終わりに】西扉@EXODUSを終えて part2

090111_kushiage.jpgはい、長らくお待たせしましたが後編です。
前編は、確か新世界での串かつの話だったはずなんで(確認が面倒)串揚げの写真からスタート!
見てもらうと分かるんですが、朝の10時台だと言うのに6人で米も食べずにひたすらビールをかっくらいと串かつを食べてました。
しかしながら、そんな危篤な人は僕らだけかと思いきや家族連れから団体さんまで続々と朝から人が入ってきます。
ここは新世界なので、多分目的は名物の串揚げ。
そりゃ、そうもなりますな。
ちなみに、僕らが入ったのはひときわ目立つ看板の『朝日』っツー店だったんですが明らかにツアー客向けの団体用店舗の風情で店員もバイトであんまりやる気が感じられないと言う感じなんで個人的には余りお勧めしませんね。
やっぱ、新世界に行くんやったら裏手にあるようなもさっとしててワンカップなオッさんが昼間っから酒飲んで赤ら顔で串カツ食ってるようなお店の方が楽しいんではないですかね?

090111_tsutenkaku.jpgさて、腹ごなしも済んだ所で『ビリケンさん』でも拝んどこうかと言う事で通天閣に向かったんだけど3連休の影響で糞寒いにも関わらず凄い列。
高齢者には優しくない状況だったので、さっさと退散して今回のもう一つの目的地『飛田新地』へ。
僕は、北九州市の小倉ってとこで産まれ育ったんやけど小倉って多分新幹線の駅で唯一降りてすぐに歓楽街に直行出来る街。
「飲む」「打つ」「買う」が駅前で全部出来るってのが凄いんだけど、特にこの「買う」にあたる街は遊郭があった旧旭町(現船頭町)で、なんかそう言うのが当たり前の街で育ったもんだから遊郭とか新地とか赤線とかそう言う街を歩くのに抵抗が無いと言うかむしろ他の地域がどんな感じなのか気になったりする訳で。
と言う訳で、動物園駅前まで出て太子のDeepな商店街をGOした訳ですが普通にこの商店街からして凄い雰囲気。
シャッター閉まりまくりで、人は閑散としてて、どうにも視線を合わせづらい人満載な感じでシャッターを切れず。
ふと見ると、『オーエス劇場』の文字が目に入る。
健在だったんだぁ。
しかしながら、僕の記憶だとここはストリップ劇場だったんですが今は大衆演劇の劇場に様変わり(というか、元の形に戻った)していたようです。
ヘンテコな建物とか看板とか満載なんだけど、どうにもあまり写真が撮れずに進む中より一層Deepな空気を感じさせる地域に突入。
090111_tobita.jpgそう、飛田新地に向かう曲がり角にさしかかった模様。
と言う事で、左に曲がってツラツラ進む事に。
ここは、想像以上にかの時代を感じさせる街でちょいと感動しました。
何でも、戦後の赤線時代から今まで伝統を守り抜いてるそうでそう言う姿勢と言うか矜持が街のそこここに現れてました。
街にはゴミが殆ど落ちておらず、本当に奇麗な状態。
そんな中、入り口ではおねえさんの横のやり手ばばぁが抜け目無く声をかけてくる(入り口の所に鏡を置いて通る人をチェックしてるの)。
はじっこの店は「うーむ」って感じだったけど、一番の大通りのお店は見目麗しい感じの子も多くてビックリしましたよ。
和の空気と言うのは、何となく艶かしくて良いなぁと思ったおっさんですた。
ちなみに、写真は本来御法度で見つかるとえらい目に遭う事もあるそうで(某1名えらい目に会ってましたw)。
そんな私ら、ちょいと疲れてアメ村へ戻ったんですがどうにも疲れて動けない。
と言う事で、各自ここで解散し三々五々。
ちょっとだけ元気なチームは、レコ屋を何件か周り甲賀流たこ焼きを食べた所でギブ。
もみさんはアリコを迎えに行ったけど、後の3名は漫喫へ仮眠のため移動。
090112_dreamDivers.jpg起きた所で車を取りに向かい、18時からEXODUSにて準備開始。
しかし、まぁバタバタで忘れもんだらけだったんだけど何とか30分遅れでスタート。
neshama sheliチーム&VJチーム、お疲れさまでした。
私めは、全く持って役に立たないでくの坊だったんで.......。
始まった所で、僕は眠さとか色んな疲れとかでぐちゃぐちゃして来て途中で沈没。
でも、ちゃんと最低限の準備はしましたです(kimoto遠隔フォローありがと)。
最初「うーん、あっぱりアウェーだと難しいのかなぁ」という感じだったんですが10時を過ぎた頃にはいい感じに色んな人が遊びに来てくれて空気もバリッとパーティーな感じになって一安心。
途中で食べに行ったかすうどんも美味しかった!
今回は2年前の名古屋とは打って変わってクロスオーバー色の濃いメンツで臨んだんで、扉してはなかなか面白いプレゼンテーションが出来てんじゃないかと。
本編は、もっと面白くするべくただいま考え中♪
ほんでは、また遊ぼうねー!!

■Memories of DREAM DIVERS

2009年1月14日

【PARTY : 旅の終わりに】西扉@EXODUSを終えて part1

090111_tutenkaku.jpg皆様、お疲れさまでした。
御陰さまで、『HEAVENS DOOR presents "DREAM DIVERS"』も無事終了しました。
思えば、2005年冬に「えっと、僕はそもそも西側の出身なんで西で扉やりたいんですけど」と新宿歌舞伎町の端っこにあるルノアールで扉会議中に発言したのが一番最初。
というのも、2月にこまちんナビゲートで『HEAVENS DOOR presents ”Dreaming Swallowtails”@青森』と言う祭がありまして考えてみたら西でやってないよねーと言う事を思い出しての発言でした。
扉、なにげに西側出身者や西側在住者も多く遊びに来てくれる方の中にも西の人が結構居たりしてね。
そう言う訳で、長く温め続けて来たのがやっと現実になったのが今回の西扉だった訳です。
一応補足しておくと、その2005年は京都の大黒谷での秋野外『HEAVENS DOOR WEST【西扉】〜天上の華〜』を実現してます。
090109_sky.jpgこの計画、途中まではBLACK CHAMBERでの決行を目標に2年くらいかけて進めてたんですが、そもそもアウェイでやるのにそんな規模では出来んだろうと言う事と打合せをしたEXODUSのご飯がことのほか美味しく其のとき打ち合わせてたナッキーから「ここでもパーティー出来るよ」って言葉がずっと心のどこかに染み付いてて去年の秋に方向転換してEXODUSと交渉開始。
その間、もう関係者は忘れてるかもだけどBANK ARTでやるだのパルティッタはどうだだの色々話が出て来ていたのが遠い昔の思い出のよう。
mixiメッセージでのやり取りから始まり、紆余曲折をへて日程含めある程度の全容が固まったのが昨年の11月末。
最近の扉は、ちょいとばかり熟れてしまった所為で決定まで時間がかかる事も多いかなぁ?
でも、いい感じに話をまとめてサクサク12月から告知を開始。
地元ではない僕らを関西の皆が暖かく迎え入れてくれた御陰で、祭は本当に良い感じに盛り上がりました。

090110_toracisco.jpg東京出発したのは、1月10日(土)の16時過ぎ。
日付変わっちゃうんじゃないの?って言う位心配な時間だったけど、道中はいつもの事ながらおしゃべりな盛り上がりと伊勢湾道路経由のルートが出来た御陰の時間短縮で22時には大阪に到着していると言うなかなかのハイスピードな展開。
途中、吹雪いてたりとヒヤヒヤする場面もあったけど事故も渋滞も無くすんなりと大阪に入る事が出来ました。
宿泊先の近所のパーキングに車を止めたら、さくっとDJ SASAが切り盛りする『とらやんけ』へ酒飲みにGO!
懐かしい話や、くだらない話を盛り込みつつ大盛り上がり。
兎に角阪神一色のお店で、天井に張ってるCISCOのレコ袋まで阪神。
いや、本気で阪神好きなんやなぁって感心してたら「明日、六甲おろしで始めようと思うねん」っておい!って発言も出たりしてね。
お店特製のたこ焼きなんぞを頬張りつつ、時計を見たら夜中の2時。
後ろ髪を引かれつつお店を後にして、一路今回の宿泊先であるウィークリーマンションへ。
戻った所で、4台のパソコンを並べてDJとVJが仕込み作業を進める姿はちょっと異様で面白かったw。
僕は翌日の為に3時前くらいに寝たんだけど、りゅう☆いちは4時過ぎまでやってたみたい。

で、明けて1月11日(日)のパーティー当日はみんななかなか起床が遅く10時チェックアウトなのに9時に起床すると言う.....。
しかし、そこは敏腕チームなんでギリギリセーフで延長せずに出発し本日の目的地『新世界』へ。
難波とかアメ村とか、面白そうな場所も多いんだけどここはオッさんおばはんチームなんで敢えて朝っぱらから新世界に向かい串揚げを食べると言う選択肢を取りましたです。
実際、アホほど食べてるし。

さてこのあとの話は、追って......。
前ふり、長いなぁw。

2009年1月12日

【Party】HEAVENS DOOR@EXDUS→東京

090111_hd1.jpgもみさんの今日の名言『楽しい時間は、すぐ終わる』。
いや、まさに其の通りでアッと言う間でしたね大阪ツアー。
何だか、一昨日『とらやんけ』で酒飲んだんが遠い昔のようだけど立った二日前。
明日から、また平日が始まる訳です。
さて、扉が遂に大阪に上陸してきたんです。
アウェーでしたが、敏腕な皆さんのおかげさまで大盛況!
面白い感じに終わりました。
詳しい話はまた後日。

懐かしい出会い、新しい出会い、様々な思いが交錯した大阪ツアー。
やさぐれている僕に、フレッシュな息吹を吹き込んでくれました。
みんなありがとね!
御陰さまで、無事に自宅に到着です。

2009年1月 9日

【MUSIC】最近買ったCD "genesis / hiroshi watanabe"

hiroshiWatanabe_genesis.jpg買いました。
実は、KAITOとして有名になる前にwatanabe hiroshiさんの曲とはBeat Maniaで出会ってました。
知ってる人は知ってると思うけど、"Deep Clear Eyes / QUADRA"。
懐かしのBeat Mania。確か1998年くらいのやつだった気がする。
かれこれ、10年以上前だ。

個人的には、kaito名義より本人名義や当時のQUADRA名義の持つメランコリックな流れを持った旋律が好きだったり。
もちろん、今回も名盤です。

2009年1月 5日

【PARTY】5月の扉のテーマ『羽化』に思う事

2001anoyo.jpg僕の場合は、言葉ありきなんだよね。
なんだろう、始まる前にもう次の事が思い浮かぶのね。
そうやって取りこぼしてきた事も沢山あるのは事実なんだけど、僕の生き様はそうだから。
年末までは否定されることで塞ぐ事も多かったけど、そうしてても何も生まれないので悪い所は改善しつつ自分なりの生き方はそれはそれとして貫く部分を貫いて行こうと。
2008年は、自分に取って変化と苦悩の年でした。
それは、扉に取ってもそうだった年。
10回と言う節目を迎え、一体僕らが何処に向かうべきなのか逡巡し続けた結果があの形。
あれはあれで、一つの完成系。
でも、ソレすらも通過点にすぎず新しい何かを探す旅はまだまだ続くのです。
さて、10年と言う月日。
これは、実際凄い話で小学校に入学してから高校生になっちまうくらいの月日なのです。
その10年と言う節目を迎えるまでに、扉はドンドン世代交代をして行きました。
この日記の頭に貼っている写真は、2001年の養老天命反転地で開催されたanoyoの時に撮影されたもの。
この頃の扉は、まだ草創期でこういうメンバーで何の計画もなしに適当に開催されていました。
それはそれで、とても楽しかったし、この時代のパーティーはまだシーン自体がそれほどOVER GROUND化してなかったんでそれでも問題無しだったのです。
2003izu.jpg1999年からダラダラとその状態が続き、大きな転機となるのが2003年に八曽から伊豆に会場を移動したタイミング。
ここから、扉のオーガナイズに2002年より参加してくれた光学姉妹が本格参入する事により無計画だった扉に秩序が生まれました。
ここからが、所謂『三代目扉一家』で初回から参加の人達は数えるくらいになってました。
実際、今でも初回から関わってるのって確か僕とSASAとSHO-HEYくらいじゃないかな(RYU☆ICHIは一時海外だったので)?
この扉が転機となったのはもう一つの理由があって、初の黒字。
とはいえ、580人来て3000円の黒字と言う時点でアレなんですけどね(それでも、とっても嬉しかった!)。
ここら辺から、番外編の遠征が始まります。
この2003年秋の遠征で見つけたのが、現在の開催地『野田平』。
2003年の秋は、収支としては散々たる結果だったんですがアレがあったからこそ今があるんだなとそう思っていたり。
いや、パーティーとしては面白かったので。
今の形の原型が出来たのが、この『月明【げつめい】』。
2004年を最後に伊豆でのパーティーは難しくなり、2005年からはこの野田平に場所を移し、今に至ります。
050430_notanohira.jpgここまで至る道は、恐ろしく険しく平坦さのかけらも無くてしんどくて投げ出そうと思う事も多々ありました。
だけど、やっぱり面白いんですよ。祭は。
そう言う訳で、ここまで続けて来れたんです。
それだけではなく、其の時々で支えてくれる人がいたし僕にとってはなによりすみさんの存在が大きかったと思います。
彼女はパーティーには最早来てくれないけど、陰で支えていてくれるからこそ今パーティーが出来るのです。
ほんとに、色んな事がありました。
それはもう、書ききれないくらいに。
でも、そろそろ次のステップに進むんではないの?
と言う事で、今回のテーマは『羽化』。
水戸黄門のように、安心して帰って来れる場所としての『扉』は重要なんだけどうちらのレゾンデートルは何なのか?
これを振り返る為に、あえて『次の何か』を探す事にしてみたいと言う事がこの言葉に託されています。
参加するあなた!それは、あなたも一緒に考えるテーマなのです。
与えられると言うのは、心地よく楽なんだけど『扉』が提供するのは『場』なのね。
そこから先は、参加する全ての人にゆだねられた『空気』。
『羽化』とは、進化であり脱却であり切り開く事であり振り返る事であり旅であり回帰であると考えています。
関わる人全てに、僕らが投げるその謎掛けを解く答えを用意していて欲しいなと。そう思います。

さぁ、ハードル上がったぞ(笑)!!

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